『古事記傳』を読もう

故是以其速須佐之男命、宮可造作之地、求出雲國。爾到坐須賀此二字以音。下效此。地而詔之、吾來此地、我御心須賀須賀斯而、其地作宮坐。故、其地者於今云須賀也。茲大神、初作須賀宮之時、自其地雲立騰。爾作御歌。其歌曰、
夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁
於是喚其足名椎神、告言汝者任我宮之首、且負名號稻田宮主須賀之八耳神。

是は古事記傳九之巻の三十八葉に書かれている文章である。
出雲の国という名前を色々説明する場所でもある。
ここで宣長はまるでその現場に立ち会っているような口ぶりで、
古事記の出来事を明らかにしていく。
櫛名田比賣と速須佐之男命との出来事を詠んだ
八雲立つ出雲八重垣妻籠に八重垣作るその八重垣を」
これは日本に於ける最初の歌と呼ばれている。
この歌の説明に辿り着くまで五葉も費やして熱く説明している。
(上の古事記の引用から次の引用までは十葉使用している。
半分のページを此処の説明に費やしていることからも判る。)
『そもそも此の地は、櫛名田比賣に御婚(みあひ)まして……始めの地なれば……
御心すがすがしくおぼしけむも、宣(うべ)にざりける』と出雲の地との縁を事細かに説明してくれている。
熱く語る宣長の姿は、速須佐之男命と重なってくる。
この事は宣長が書いている文章の勢い、字面を直接読んで戴けると良く判る事と思います。
本居宣長の書いている文章は、時代劇などの[時代考証]をしている人と同じ目線で
一つ一つのシーンに時代とのズレがないかを厳しくチェックする眼でもあります。
映画を撮るときに、背景となる物の『柄』『持ち物』『衣装』『立ち居振る舞い』『建物の様式』『自然環境』等など至る所に眼を光らせ、その瞬間が『最も美しい姿』に映り込むように、丁寧に仕事をしている姿とも重なります。

とにかく面白い!
今『古事記傳』の和綴じ本にはまっています。